2011年3月16日水曜日

2011.3.13の灯*3

ボクが夕日の写真を撮り終えて下っていると、陽はすっかり暮れてしまい

帰り道は街灯もなく真っ暗になってしまった。

真っ暗の中を懐中電灯の明りで足下を揺らしながら、木々がざわざわする音に緊張し、

枝が落ちてぎょっとしながらもゆっくりと確実に下山していた。

目や気持ちが慣れる頃、道がずいぶんと明るいと感じる。

それは大きな杉の木々を照らすボクの手に持つ人工的なものとは反対に原始的な月光。

月光は柔らかく森を照らしていた。明るいなあ月明かりとボク。

その照らされた木々を撮影しようと思ったが、それはやめることにした。

照らされたかったのはボクであり、照らしたいのはこの写真を偶然にも見てくれている方々だ。

2013.3.13「アカリ」



光の中で光が見つけられないように

闇の中で闇は見つからない。

たとえば今が闇なのならば、まずは周囲を見渡してみよう。

見渡した時点で必ずその先に光はあります。

2011.3.11の3日目から3日目の今夜より。



ボクの友人がnumber0というバンドをやっていて、
地震被災者へ音楽を無料で配信しています。
http://blog.number0.jp/archives/336

またThe Mammalsというバンドのベースがいい仕事をしてくれました、
今回の地震に関するまとめサイトです。
http://matome.naver.jp/

エモグリフで祈りもあります。
http://urophone.blogspot.com/


2011年3月15日火曜日

2011.3.13の灯*2


その日の渋谷は確かに暗かった。
それは明りを見つけたからなのかも知れない。


2011.3.13「メイアン」




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2011年3月13日日曜日

2011.3.13の灯

まずは東北太平洋大地震で被害あわれた方、また被害にあわれている方々のご冥福と無事をお祈りします。

ボクは一人の写真撮りとして、なにか撮れないものかと考えてました。
そんな時に離さず持ち歩いていたラジオからこんなリスナーのコメントがありました。

地震にあった時から連日の津波放送や被爆の状況なんかを聴いているとどんどん落ち込んでいる自分。でもふと西の空を見ると大好きな富士山がきれいに見えて、少し元気をもらいました。

ボクは単純にそういった人が一秒でもホッとするそんな瞬間を得られる写真をこの日3月13日に三枚撮ろうと思いついて撮ってきました。(もしかしたら3枚以上になるかもだけど)

この2011.3.13は記号的意味としてもあるけれど、何かと気持ちが変わるのはやはり3日目じゃないかなと思う。さすがに連日の緊張感からくる疲労がのしかかる3日目。余震がやや遠のく3日目。なにか思いたつ3日目。津波注意報が解除されてやや安心する3日目。これからを決心する3日目。そうこれはスタートライン。そのスタートにあくまでもきばりすぎずに息切れしないように先に向かうスタート。

今日から3日間だけ一枚ずつ写真を上げていこうと思います。

名もないアマチュアなボクではあるが、都心やその他の地方で気持ちがモヤモヤしている人、もしかしたら被害にあわれていながらも電力が供給されはじめて偶然にこのブログを見て写真を見てホッとしてくれるかもしれない。

そんな些細な可能性へ、今日の写真は、


2011.3.13「ハレル」






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